この階段を登ると…2階(当たり前)

脱・真面目、適当を目指して。

私と母 続きの続きの続き

私が病院に行かず、薬も飲まなかった理由、、、
それは、「病は気から」を証明するため、でした。

そして、周りの人間に、ほら私の言った通りだったでしょ、私の言ってることは合ってたでしょと認めさせたかったのです。

違えば、死ぬだけでした。

自分の命を賭けて、認めさせたかったのです。

何故そんなふうに思ったのか? そこに私の課題である心の癖が顕れていました。
でもその時には気づかなかった、今ならすべて解けるのですが。。。

症状は一進一退、小康状態が続きました。
微熱は下がることなく、37度が平熱になりました。
下痢も通常スタイルに。

私は少しずつ痩せ始めました。

就活以外は、ほとんどベッドで横になっていました。
実家は山梨、私は東京で一人暮らしでした。
兄弟仲も希薄です。

そんな状態のまま、5ヶ月くらい経った頃、私のたった1人心許せる友人が、ご飯に誘ってくれました。
2011年の2月頃でした。

いつも通り、いいよと答え、ちょうど私と同じようにバイトしながらニートしていた彼女が就職する、という決断をしたということで、不安だよ、という話を聞くのかな、そうしたら大丈夫だよと励ましてあげなくっちゃと思っていました。

でも会ったら全く違ったのです。
何とかなるでしょ、大丈夫、そんな言葉を言っていたのです。

なんとかなる、そんな前向きな言葉、彼女から聞いたこと無かったので、本当にびっくりしました。そして芯からポジティブになれていなくてもそういう言葉が出てくることがすごいとおもいました。

それと同時に、なんだか今までと違って、私は何のためにご飯にきたんだろとおもいましたが、そのまま不思議な気持ちで帰宅しました。

そして2月下旬に再び彼女からランチしようとお誘いがあり、ニートの私はいいよと答えました。

それが私の生死を分ける出会いへの第一歩でした。


続く