この階段を登ると…2階(当たり前)

脱・真面目、適当を目指して。

文句ばかりの私を変える方法

 市民団体って聞くと、うわ、と思います。

お仕事でちょっと関わることがあって。

なんでだろう?って不思議じゃないですか。

ちょっと考えてみました。

文句ばっかだな、って思うからです(私の心の投影です、私自身が文句ばっかな自分自身を見ているのです)。

 

なぜ文句ばかりになってしまうのでしょう?

文句、というのは、もっと言うと、「不平不満」「あれしてこれしてという要求」です。

 

なぜ、不平不満、あれしてこれして、になってしまうのでしょう?

なぜ自分でやろうとしないのでしょう?

 

「自分はできないからだよ!」

「やってくれるのが当然じゃないか!」

「やってもらわないと生きていけないよ!」

などなど、いろいろあります。

 

やってもらって当たり前、それって傲慢ですよね。

私は何様なの? って感じです。

 

自分にはできない? 自信が無いだけですよね。

それって自分の問題ですよね。

 

 求める前に今与えられていることに感謝を向けるのが筋でしょう。

なぜあれこれいう前に感謝ができないのですか?

それは、依存しているからです。

 

自信がないのは、自分のことが嫌いだからでしょう。

嫌な自分を受け止めていく努力をまずしたらいかがですか。

あれこれ人に求める前に。

 

そして、求めるということは、依存している、ということです。

 

 

依存している限り、求める心はなくなりません。

ということは、自立を目指せば良いのです。

まずは依存している自分自身にたくさん気づくことからです。

 

また、人から認められればられるほど、求めたものが返ってくればくるほど、不安が増大していきます。

失うのが怖くなるからです。

 

実は、自分が自分を認めれば、それだけでいいのです。

 

本当は、そんな簡単なことなのです。

 

感謝の心、すぐ忘れちゃう愚かな私。

根強い依存の癖のある私。

そういう私を認めてあげよう。

 

そして、また次の一歩を踏み出すのだ。

 

感謝のパワーってすごい、と思います。

心が落ち着く。

そして、嫌な自分自身を発見し、そして、それをそうだよねそういう私なんだよね、と自分に言えた時のスッキリ感、たまらんですな。

 

こういう事、教えてもらわなければ分からなかっただろう、徹底的に現実を地味にやっていくのがパラレボ理論。

実感があってそこに変われる希望と喜びがあります。

やればやるほど深くて面白い、何気ない日常がイキイキと輝き出す。

出会えた事に本当に感謝なんだよなあ、としみじみ思います。どんだけラッキーか分からん。

 

もちろん、1回じゃ変われないです。地味に何度も発見していくしかないのです。

変われてない自分にがっかりしながら、でも、変われる可能性を信じていくのです。

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