この階段を登ると…2階(当たり前)

脱・真面目、適当を目指して。

私と母 5

私の少ない友人たちの中でも特に関わりが多く仲の良い友人が教えてくれたのは、
わくわく氣ランドという教室でした。

私はそれまでにも、セラピーとか、なんとか療法とか、スピリチュアル系とか、占いとか、いろいろやってみていました。

マイブームがきては去っていく、その繰り返し。

どれもこれも大して変わらない、その時は変わったような気がするけれどまたすぐに元に戻ってしまう、、、。

かと言って宗教もいやでした。
なぜなら、救われる代わりに不自由になるのなら、救われなくても自由の方がずっといいと思うからです。
言いなりにはなれそうにありませんでした。


私なりの見分け方がありました。
依存させるものはバツ、という単純なものです。
それと、体験してみないと分からないということも学んでいました。
それは概ね、合っていたかな、と思います。

今思えば、セラピーもスピリチュアルも、本質的には全く自立の方向性ではなかったと思います。


ただ、生きている意味があるの? という素朴な疑問が解消されなければ私はどう生きていいのか分からなかったので、ずっとヒントを探していました。

それから、傷つかない心を手に入れたいとも思っていました。

それから、セラピーやらスピリチュアルやらに、苦労したね、傷ついてきたね、頑張ってるね、と言ってもらいたかった、それで自分の心を満たしたかったのです。


体験してみないと分からない、ニートの私はすぐにわくわく氣ランドに見学に行くことにしました。

そこでは、友人の言った通り、話を聴くだけ、でした。
そこで、人生の目的、を教えてもらいました。

愚かな私は、まだよく分かりませんでした。
ずっと探していた、なぜ生きているの?の答えに出会ったというのに。
続けて学ぶかも迷いました。
でも、なんだかするすると私の口が入会したいと言っていました。
とにかくやってみないと分からない。
自由な感じもありました。
ニートで良かった。暇人バンザイ。

二回目に行ったとき、母には産んでくれただけで感謝なんですよ、と教えてもらいました。
なぜなのか?も教えてもらいました。

人生の目的とセットになって、今度はよく分かりました。

私は心の底から納得し、感動し、夢中になりました。そこで教えてもらえるパラレボ理論というものに。

今までの素朴な疑問がするすると解けるのです。
面白すぎました。

超現実的で、理論的。

人生の原点である母親、そこへの気持ちが恨みならば人生は尻すぼみ、感謝ならば発展的になる、自分の人生を切り拓くには、母親への想いを感謝に変えて、親孝行していくことですと教えていただきました。

それも、やれとは言われません。

親孝行に仏像を買ってお祈りしなさい、とも言われません(笑)

愛することは理解すること、理解するにはコミュニケーション、ひたすら地味で現実的で、効果的です。

その二回目の教室の後、久しぶりに母にメールをしました。
内容は忘れましたが、元気?というようなだったかな。
続けて毎日メールを入れていた、と思います。

それから数日して、母の友人の作品展が銀座であると情報が入り、母に、一緒に行かない?とメールしました。
私は、産んで育ててくれてありがとう、と伝えるつもりでした。

続く