この階段を登ると…2階(当たり前)

脱・真面目、適当を目指して。

ブラン・ニュー・デイ

今日は真っ白な一日。

だとしたら、どんな一日を描きたいですか。

 

10月は出発の月、だから、チャレンジの月。

 

なぜなの?

 

新しい私を発見できるから。

変わった私を。

 

少し落ち込まなくなった私だったり、

がんばれる私だったり、

自分を褒められる私だったり。

 

過去を少しは精算できたんだと実感できる月なのかもしれません。

 

一国の首相、しかも自国の首相に対して、これは悲しい

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じゃあ、己はどんな努力をしているというのでしょうか。

心の底から悲しいです。

誰が国のためを想って行動している人か、事実を確認しないで、心癖のままにこういうことしちゃう。

被害者根性では、何も見えてこないんですよね、分かりますよ、だけど、ちょっと心が痛みませんか……?

 

上を向いて、唾を吐いてみてください。

重力によって、自分の顔に唾がかかります。

 

それと同じことをしていますよ。

自分自身もそうだから分かる事です。だけど、変えていきたいと思えば変えられるんですよ。

唾を吐かずに、感謝をもてる自分をつくっていきませんか。

 

自分の自由なんだからいいだろ、と思うかも知れませんが、己の被害者根性が、自分を腐らせ、家族を不快にさせ、国をダメにしているのだとしたら、どうですか?

 

なぜ自分の被害者根性が国をダメにするまで行くか?はパラレボ理論で、弁証法的に証明されています。

 

また、安倍さんが貶められることによって得をするのは誰か?を考えれば、裏でどんな勢力が働いているかは明白でしょう。

 

▼パラレボ理論を学べるところ

わくわく「氣」ランド

▼本

ゼロの革命

 

小池百合子さんが運を引き寄せるには

昨年の都知事選から、小池百合子さんをウォッチしていました。

面白かったので。

ご著書を軒並み読み、動画をたくさん見ました。

この方は何を原動力としているのだろうか? 何を動機としているのだろうか? という点を知りたい一心で。 

 

アイディアマン(ウーマンですけど)だし、

ユーモアセンスあるし、

パフォーマンス力あるし、

キレるし、

チャレンジャーだし、

素晴らしい方だと思います。

 

ただひとつ、

ご著書「女子の本懐」の中に、 

『オンリーワンの大臣になる、と決めた』と、書いてありました。

 

なぜそう思ったのかな? という点に疑問を持ちました。

 

国の為に自分が仕事できるならば、オンリーワンでなくてもいいのではないのかな?

自分が目立つ必要があるかな?

と私は思ったのです。

 

そうか。

この方は、認められたいのかな、その心が原動力なのかな、と思いました。

 

そうすると、今までウォッチしてきた様々な言動が腑に落ちました。

おおきな枠で言うと「自分のために行動している」のかな、だから、こういう行動になるのかな、と。

 

運を引き寄せるには、

この「動機」と真剣に向き合うことなしにはできないのではないかなあと、おもい、

動機が正されれば、すべてがうまくいく方向性に舵を切れるのに!! ともったいなく思います。

女性には、

創造、愛、融和、統合のエネルギーが備わっているのですから。

 

まだ間に合う、とおもいます。

そういう意味で、応援したいと思います。

 

ぜひ安倍首相率いる自民党に釣り合う「希望の党」にしてくれたら……!

わずかな揺らぎに近づけば近づくほど、世界は調和と秩序に向かうからです。

 

私自身の「動機」も今、試されている時です。

まあ、本当は常にそうなんですけど。

それで、やっぱり、感謝が足りないな、という結論に至りました。

全部大切なことなのに、私はどれが大切でどれがどうでもいいか、って区別して差別していたからです。

そういう私なのだと分かりましたので、これからまた精進してまいりたいと思います。 

 

動機を見定めれば、ある意味、先が分かり、なぜあれこれが起こったのかも分かる。

そういうことなんですよね、パラレボ理論って。

ただただこの世界が運行されている法則・原則を紐解いているので。

 

以上、私見です。

 

 

▼パラレボ理論を学べるところ

わくわく「氣」ランド

▼本

ゼロの革命

 

公=私、動機=結果 民進党解体(しそうになってる)にみる

だいぶ前ですが、パラレボ理論を教えてくださっている宇場稔先生のお話のなかで、こう聴きました。

 

公私の「公」と「私」は、イコールですよね。

同じ人です。

それは事実です。

ですから、公私の私で、だらしがなければ、公も同じだということです。

 

本当にその通りで、カンタンな算数です。

 

「私」で堕落している人が、どうして「公」で立派なことができるでしょうか?

 

当たり前のことなのに、見た目でだまされちゃうんですね。

そういうことを自覚していないといけないですね、自分自身を理解していないと。

 

山尾さんは、そういうことなんだと思いますね。

ブログの一件も、なぜ匿名のものを公に出したのか疑問です。

だって、事実が保証されていないのですから、そもそもそういうことを机に出して論じることがおかしいのです。

 

動機と結果はイコールだということは、パラレボ理論によって証明されています。

そういえば、新代表に就任された前原さん。こう言ってました。

 

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動機が「怒り」です。

結果も「怒り」になるのでしょう。

 

腹にない事は嘘でも出てこない、のですから。

 

怒りで行動する人を応援したいとは、全く思いません。

皆さんはどうですか?

 

モリカケ問題も、火のない所に煙を立たせておいてここまでブーメランくらってるのに……おつかれさまです、としか言えないですね。

正気でやってるのか疑問に思う時があります。

やっぱり動機、なのかなあ。

「恨み」や「怒り」が動機であれば、そういうこともできちゃうのかもしれないです。

 

愛の欠乏→欲→不安と恐怖→怨讐→愛の欠乏…ループ。

「欲」の恐ろしさは、私も知っています。私がそうでしたからね。

いや、継続中ですけど、少なくとも知っていて、このループから脱却しようとしています。。。

 

以上、あくまで私見です。

悪しからず。

 

 

誰のせいでもない。孤独も、生み出しているのは自分

孤独を感じるのは、

自分が人のことを信じていないからだということを、

9月はまなんだんだと、

今、思いました。

 

人のことを信じてない=自分を信じてない

 

人との関わり方の、根本から

変えなくっちゃ

 

どういう風に?

なんとなく感覚を、今までと違う気持ちを持って、関わらせていただきたい

 

 

自分がすべての原因、をまた理解しました。

 

我唯足るを知り、我唯足らざるを知る

不安と恐怖に苛まれたこの9月の終わり。

不安と恐怖は何かといえば、

今ない未来に、過去の経験を起因として、感情を使うという現象です。

そこまではなんとなく分かりました。

だけど、感情を止めることができませんでした。

 

パラレボ理論を教えてくださっている宇場稔先生のDVDを見ていましたら、

こうありました。

 

愛の欠乏症候群

不安と恐怖

怨讐

愛の欠乏症候群

という無限ループ

 

まさにこれだわ、と私は理解しました。

 

どういうことかと言うと、

私自身が愛がないため、心を満たそうとして欲が出てくる。

しかし、形あるものはいずれ消えてなくなるのは自然の理。

失うことへの恐怖と不安にさいなまれることになり、それが恨みとなっていく。

というサイクルです。

たぶん、私の理解するところによれば、ですけど。

 

じゃ、どうすればいいか?

 

我唯足るを知り、我唯足らざるを知る

 

ということを教えてもらったことの中から、思い出しました。

 

宇宙に匹敵するくらいの意識という自由なものをいただいている、これ以上に欲をかくことがありますか?という足るを知り、私の心の貧しさ・愛のなさを知る、という足らざるを知る。

 

不安と恐怖の分、私は欲があり、愛がない、ということです。

そして、それを変えていけるというチャンスがある、ということでもあります。

 

気づかなければ変えることはできないのですから……。

 

 

 

▼パラレボ理論を学べるところ

わくわく「氣」ランド

▼本

ゼロの革命

 

寂しさの攻略法

苦しい苦しい苦しい9月。


昨日の夜はあまりに寂しくて、ほとんど眠れませんでした。
あまりに心が辛くて、疲れている母にマッサージしてもらってようやく眠れました。
甘ったれてますね。
子供か! と読んでくださっている皆様に代わって自分で突っ込んでおきます。

頭を壁にガンガン打ちつけておきます(←そこまでは求められてない)。

 

寂しさの先に、怨みがあります。
もうほとんど修羅鬼畜に近いですね、心情は。
クレイモアでいう、あのギリギリライン。
あのマンガ、そういう気持ちをすごいよく表していると思います。

 

すべて求める気持ちがあるから故と、今朝、目が覚めました。


求める気持ちが少しでもあれば、辛くなる他ないのだと。


ここは、自分に厳しくすべきところであったと思いました。

 

甘かった。


誰も助けてくれない。

むしろ、実際のところ、助けられないのですがね。

 

誰も助けてくれなくて、良かった。

 

私も、ここで仮染の満足を得ても仕方ないと思いました。
いや、本当はずっと分かっていたのです。


けれど、誰かに縋りたいという欲に勝てませんでした。

愛がほしいよ~ばぶばぶとやっているわけです。

 

甘えていたのですね、周りにいてくれるみんなに。
みんな優しいのですよ。

 

今回は意地でした。


結果として良かったのかな?
意外です、私としては。
だって動機が恨みなんだもん。
こんなんじゃ何もかも上手くいかないとおもったんですよ。

 

でも、なんか、突き抜けたのかも。

お母さんに感謝のほかよりない。

 

そして、この拙いブログを読んでくださっている皆様のおかげなんです。

心より感謝申し上げます。

この端末の向こうにいる目に見えない皆様。

本当はいつも支えられていたのは私だったんですね。。。

ありがとうございます。

 

 

こういう感覚ははじめてです。

すごく不思議な気持ちです。

 

求める気持ちがスッとひいていき、安寧が訪れました。

 

まあ、また何回も求める気持ちになるんでしょうが。気づいてないとこばかりなのでしょうが。

でも、今日この経験ができて良かった。

 ジェットコースターライフ。